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★Dustin Kensrue (vocal/guitar) ダスティン・ケンスルー 24歳
★Teppei Teranishi (guitar/vocal) テッペイ・テラニシ 24歳
★Riley Breckenridge (drums) ライリー・ブレッケンリッジ 30歳
★Ed Breckenridge (bass/vocal) エド・ブレッケンリッジ 25歳
THRICE誕生の地は、カルフォルニア州アーヴァイン市・彼らは4人組みのパンク+メタル・バンド。エモコア・バンドTHURSDAYと共にアメリカのアンダーグラウンド・シーンでは、ま最も注目されていたニューカマー。スライス結成は今から5年前の'98年8月に遡る。ダスティンとテッペイはアーヴァイン・ハイスクールの同級生で、テッペイとエディはスケボー仲間でつながり、そこに既に学校を卒業し、職に就いていたものの、以前バンドでドラムをプレイした経験があることからライリーに声が掛かり、ブレッケンリッジ家のリヴィング・ルームに集合、音を出し始めたのが、そもそものきっかけだった。バンド吊のTHRICEだが、ダンスティン曰く深い意味はないそうで、「オレたちはビデオ・ゲームをよくやってて、しょっちゅう誰が何回勝ったかなんて話をしてたんだ。一度、二度、三度 (thrice)ってね。 くだらないだろ。本当はもっとメタルっぽい吊前を付けたかったんだけどね《とのこと。 <BR>
ライヴ・デビューから2ヵ月が経った時点で7曲の持ち曲があった彼らは、クラブへのプロモーションなどに使うことを目的とした初デモCDをレコーディングする。これが、彼らの事実上のファースト・リリースとなる『First Impression』で『All Eyes』《『Lockdown』『Opaque』『T&C』『Freedom』『Second Sight』『Better Days』が収められ、'99年に1000枚限定で発売した。CDプレス代金はダスティンの父親からの借金だった。このCDをライヴ会場などで売りつつ、彼らはゆっくりとだけどしかし着実にライヴの本数を増やして行き、ちゃんとしたクラブに出演し、プレイ出来るようにもなって行った。2000年にGREENFLAG RECORDSより『Identity Crisis』(日本未発)をリリースしたが、レーベルを移籍しサブ・シティーより一年後に同作品を再リリースした。この次期からアイランド・レーベルは彼らに目をつけはじめ、セカンド・アルバム『The Illusion of Safety』のリリースで一気に頭角を現し、メジャー契約に踏み切る。
アイランドとの契約後、ニューヨーク北部にあるBearsville Studioにおいて、レコーディングを開始。そのレコーディング終了直後、アメリカでは毎年恒例のロックの祭典、VansWarpedTourに参加。メイン・ステージでの参戦を果たし、ファンを急激に拡大。ライヴで繰り広げられるモッシュ・ピットは新人とは思えないほどの大きさと激しさ。7月1日にサーズデーとのスプリット7インチ・シングル『THRICE/THURSDAY』を限定発売し、遂に2003年7月22日、『ザ・アーティスト・イン・ザ・アンビュランス』発表し、ビルボード初登場16位という素晴らしい滑り出しとなった。メロディック・パンクとハードコアのユニークな混ざり合いに絶妙なメタル・リフが響く会心の作となっている。SPIN誌やAP誌などでもロック・シーンの次期主役として期待されている。
その後、日本のレコード会社Universal-Music Japan から日本デビューが決定。日本盤は2003年10月22日にリリースされ、大手レコード店では必ずと言っていいほどポップや視聴が出来るようになるなど、日本での人気上昇を示した。
今年の1月には、日本有数のロックの祭典、『Sonic Mania 2004』に出演のため、遂に初来日を果たした。これによりThriceを知らない音楽ファンにも幅広くアピールできたことであろう。現在はヨーロッパツアーを終え、1ヶ月の休暇中であるが、5月には「Civic Tour 2004《(ホンダ提供)にDashboard Confessionalとともに参加し、再び全米にThrice旋風を巻き起こそうとしている。
ちなみにエディとライリーは実の兄弟でテッペイはアメリカ生まれのアメリカ育ちだが純粋の日本人。漢字表記にすると寺西哲平で、母親は現地のいくつかの大学で講師として日本語を教えている。なおテッペイとダスティンは、この若さで既婚者である。